著作リスト/梅宮弘光

日本における建築のモダニズム

渡辺節:乾新治邸―様式価値の追求

阪神間モダニズム展実行委員会(編)『阪神間モダニズム―六甲山麓に花開いた文化,明治末期-昭和15年』1997年,淡交社,p.88

【阪神間に生きた建築家とその作品】渡辺節:乾新治邸―様式価値の追求


 乾邸は,渡辺節(1884-1967)によるけっして多くはない住宅作品のひとつで,昭和11年の竣工である。住吉の山手に位置する鉄筋コンクリート造と木造が併用された邸宅である。南側の立面は,上背のある建物にもかかわらず威圧感のないのびやかで明るい印象を与える。一方,北側の,オーダーと緩やかなヴォールトによる回廊風の空間からは,濃密な様式主義の内部空間に導かれる。とくに吹き抜けをもつ玄関ホールは,その空間構成に加えて,様式建築の名手渡辺の面目が躍如とした重厚な装飾空間である。
 渡辺節は東京に生まれ,明治41年に東京帝国大学建築学科を卒業した。成績は最下位だったという。朝鮮総督府営繕課,鉄道院管理局の技師を経て32歳で独立,御影に自宅を構え,大阪と東京に事務所を開設する。銀行,繊維,汽船などに関連する関西実業界のなかで,要求される趣味に応えるかたちで歴史様式を磨いていった。晩年は,戦後の日本において急速に台頭するモダンスタイルの強烈な批判者であった。(梅宮)


乾邸の玄関ホール
施主にとっては、外観もさることながらインテリアは自らの趣味的世界の具現化であった。そうした要求に渡辺は密度の高い様式表現で応えた。

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