著作リスト/梅宮弘光

日本における建築のモダニズム

旧 池長美術館(神戸市文書館)

所収:兵庫県教育委員会事務局文化財室(編)『兵庫県の近代化遺産―兵庫県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書』2006年3月 p.200


※WEB掲載に際して図版を追加した。


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旧 池長美術館(神戸市文書館)
分野:教育施設
所在地:神戸市中央区熊内町1-8-21
設計者/施工者:小川安一郎/藤木工務店
構造:RC造・階数3
竣工年:昭和13(1938)年

旧 池長美術館(神戸市文書館)

 神戸の資産家であり美術品蒐集家であった池長孟(いけなが・はじめ,1891~1955年)が自身の南蛮美術コレクションのために,自邸「紅塵荘」(「旧池長孟邸」の項参照)にほど近い熊内町(くもちちょう)の高台に建設した私設美術館。当初は自邸と収蔵庫も隣接していた。昭和11(1936)年6月起工,昭和13(1938)年5月竣工,その2ヵ月後の阪神大水害の被害を免れ,昭和15(1940)年4月1日より池長美術館として一般公開開始。昭和20(1945)年6月の神戸大空襲でも難を逃れる。昭和26(1951)年4月,美術館とコレクションを神戸市に委譲,市立神戸美術館となり池長は顧問に。昭和30(1955)年の逝去後,昭和40(1965)年から市立南蛮美術館として公開されたてきたが,昭和57(1982)年,市立博物館(同項参照)開館にともない収蔵品を移設。建物の存続が危ぶまれたこともあったが,平成元(1989)年6月,神戸市文書館として整備・公開された。

旧 池長美術館(神戸市文書館)

旧 池長美術館(神戸市文書館)

 一方この間,昭和40(1965)年に県政100年記念事業の一環として県立美術館構想が生まれ,郷土出身の画家・金山平三の遺作をコレクションの軸に昭和45(1970)年に開館,念願の公立美術館を有するに至った。それでも当初の数年は貸館業務が中心であったという。
 一般に近代日本におけるコレクションの場としての美術館は官よりも民が先行した。美術コレクションには豊富な財力と高い教養と趣味性を要するから,それをなすことができるのは,数寄者の一面を持ち合わせた実業家や資産家であった。したがって,彼らの生活の場として発展した阪神間は,住空間であると同時に美と趣味の空間でもあったのである。明治末・大正・昭和戦前期にかけて阪神間とその外延である須磨~舞子に建設された富裕層の邸宅や別邸には,そうした例が散見される(住友須磨別邸[1903年],白鶴美術館[1931年],山口吉郎兵衛邸[1933年]のち滴翠美術館,小林一三邸[1937年]のち逸翁美術館など)。池長美術館もそうした例のひとつである。
 池長のコレクションは狭く深くが信条で,紅塵荘建設以来,長崎版画から南蛮・紅毛美術へと突き進み,ついに美術館構想へ至った。設計は自邸と同じ住友営繕部の小川安一郎に託された。濃厚な味わいの紅塵荘とはうってかわって瀟洒な印象は,薄緑色のタイルを貼った箱形の外形にもよるだろうが,建物にかける金があるならコレクションに回すべしという池長の予算上の制約もあったと思われる。 
 しかしそれでも,小川らしさは随所に見られる。玄関口では左右対称に延びる和泉産青石の柱は,右側のみがマストのように3層目まで延び,その先の旗のようにIKENAGA ART MUSEUMという文字をたなびかせる。帆に風をはらみ波間をゆく南蛮船をかたどった玄関脇のグリル。不思議なかたちの隅飾りがついた塔屋。この部分は壁のみで,いわば見せかけである。外観意匠では,左右対称の平面ながら立面ではそれを破り,非対称の不思議なバランスをグラフィカルに表現したこのファサードが最大の特徴と言えよう。

旧 池長美術館(神戸市文書館)
旧 池長美術館(神戸市文書館)
旧 池長美術館(神戸市文書館)
旧 池長美術館(神戸市文書館)
旧 池長美術館(神戸市文書館)
旧 池長美術館(神戸市文書館)

旧 池長美術館(神戸市文書館)

旧 池長美術館(神戸市文書館)

 内部では,1階中ほどにアラベスク風のタイルを貼った小噴水,2階床の一部はガラスブロックがはめられ,トップライトからの採光が吹き抜けを介して1階まで到達するようになっている。とはいえ,作品の保護と鑑賞に関わる美術館設備が発達するのは戦後のことであり,この時期には経験から導かれる配慮の域を出ていない。それよりもむしろ,空間や意匠へのコレクターの趣味の反映に意が払われている。最上階3階の南側は展望室で,近代化の進む神戸市街地の風景を「紅塵」と称し自邸の名とした池長のこだわりが,ここにも見て取ることができる。(梅宮弘光)

旧 池長美術館(神戸市文書館)


参考文献
日本建築協会 1940『建築と社会』第23輯第6号
神戸市立博物館 2003『南蛮コレクションと池長孟』

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