著作リスト/梅宮弘光

日本における建築のモダニズム

旧 三菱銀行 神戸支店

所収:兵庫県教育委員会事務局文化財室(編)『兵庫県の近代化遺産―兵庫県近代化遺産(建造物等)総合調査報告書』2006年3月 p.88

 

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旧三菱銀行神戸支店
分野:金融業
所在地:神戸市中央区相生町1-10
設計者/施工者:曾禰達蔵/直営
構造:石造・階数3
竣工年:明治33(1900)年

旧三菱銀行神戸支店

 三菱社は二代目社長・岩崎彌之助のもと,海運・鉱山・炭鉱・造船・金融・不動産と事業の多角化に乗り出す。同社の金融部門はそもそも郵便汽船三菱会社の荷為替金融に端を発するが,1880(明治13)年に三菱為換店として分離独立したもの。1895(明治28)年に第百十九国立銀行の業務を引き継ぐかたちで銀行部を開設,神戸ではまず栄町に支店を置いた。その後1900(明治33)年にこの建物を新築して移転。神戸における本格的洋風建築としては最初期のものであった。1973年まで三菱銀行神戸西支店として使用されてきたが,支店併合により閉鎖。1973(昭和48)年に子供服メーカーのファミリアが買い取り,現在同社の商品管理部門として使用されている。

 設計者・曾禰達蔵(1852-1937年)は工部大学校造家学科(現東京大学建築学科)でジョサイア・コンドルの教えを受けた第1回卒業生のひとり。海軍省を経て三菱の営繕部に入り,コンドルとともに丸の内煉瓦街の設計に携わった。いわば,西洋の様式主義に直結して,その日本における実現を志向した建築家である。この建物の設計に際しても,部分的にコンドルの助言を受けたという。

 ルネサンス様式の3階建で,角地の立地ながら立面は全面道路に向けて左右対称としている。第1層の基部(窓下端まで)を粗石積み,その上を横目地を強調したルスティカ積み(切石積み)で仕上げる。以上のように,立面においては,まず1層目で石積みの凹凸と横目地の強調により水平方向を強調して基壇の安定性が表現されている。中央玄関部では,2~3階を貫くコリント式のペア・コラム(1対に用いる2本柱)を据え,正面性と中心性が高められているものの,それ以外の窓周りなどの意匠は,両端部と同様で変化に乏しい。こうした点に,建築史家の石田潤一郎氏は,この時代の日本人建築家の様式理解の水準と特徴を見ている。

 内部は,銀行営業室を中央に三方を諸室が囲む平面構成で,正面玄関を入ると風除室を介して正面に営業室への入り口,左右に諸室への廊下が続く。営業室入り口には,コンポジット式の角柱と丸柱,エンタブレチュア(古典建築で用いられる複数の水平帯のまとまり),キー・ストーンを備えたアーチによって構成されるセルリアーナ(結界)が構えられている。玄関延長上のセルリアーナは,居留地時代の遺構である旧居留地十五番館(1881年)にも見ることができる一方,アーチで空間を分節する手法は旧東京倉庫会社兵庫出張所でも用いられており,曾禰の手法の特徴ともいえよう。なお,当初の屋根は立面の中央と左右にそれぞれペディメント(破風)が載っていたが,戦災で失われたままになっており,現在の屋根とトップライトは戦後改修されたものである。

 曾禰はその後事務所を自営し多くの作品を残すが,三菱時代の遺構は少なく,旧三菱銀行神戸支店は曾禰の作品として,また同時に日本における黎明期の西洋建築として,貴重な存在である。(梅宮弘光)

 

参考文献
石田潤一郎『日本の建築[明治・大正・昭和]7 ブルジョワジーの装飾』三省堂,1980年

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