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日本における建築のモダニズム

ウクライナ劇場国際設計競技趣意書(1930 年)の全訳と解題

所収:『神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要』第18 巻第1号 2024年9月  pp.89-98

ウクライナ劇場国際設計競技趣意書(1930年)の全訳と解題 | 神戸大学学術成果リポジトリ Kernel


研究報告
ウクライナ劇場国際設計競技趣意書(1930 年)の全訳と解題

Complete Translation and Explanation of “Prospectus for The International
Competition in Composing a Project for The State Ukrainian Theater”(1930)

梅宮弘光
Hiromitsu UMEMIYA

 

ウクライナ劇場国際設計競技趣意書

ウクライナ劇場国際設計競技趣意書

 

要約:本稿は,1930年に当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国の首都ハルキウに計画された大劇場の設計案を募集する国際設計競技趣意書(応募要項)について,表紙から裏表紙までの全テキストを原本から訳出し,近代建築史研究の観点から解題を付したものである。この劇場建設計画はソビエトの第一次五カ年計画の一環として開始されたが,設計競技の終了直後から始まるウクライナ政策転換―ウクライナ化からソビエト化―により頓挫することになった。この設計競技はソビエト連邦内10組の指名競技と国際的な公開競技からなり,公募には140組を超える参加があった。応募案は当時の先端的傾向であるモダニズムが主流を占め,日本からもモダニズムを奉ずる4組の若手建築家が応募,1名の入賞者を出した。こうした,1930年代初頭の建築におけるモダニズムの国際的な同期現象は,日本近代建築史研究の重要なテーマであると同時に,舞台芸術のモダニズムを建築空間や舞台機構から検討する興味深い視座でもある。しかしながら,これまでに抄訳はあったものの,稀覯資料である原本へのアクセスは容易でなかったため,趣意書の全容把握には至っていなかった。本稿はこうした状況を打開し,日本近代建築史と関連分野の研究進展に資することを目的としている。

キーワード:モダニズム建築,アヴァンギャルド,1930年代,設計競技,建築コンペティション

 

1.はじめに

 本稿は,The Kharkov District Executive Committee,Town Council, Constructive Aid Committee“Prospectus for The International Competitionin Composing a Project for The State UkrainianTheater”1930,の表1(表紙)から表4(裏表紙)までのすべてのテキストの翻訳である。この資料は,1930年12月25日に締め切られたウクライナ劇場国際設計競技の趣意書(応募要項)で,五カ国語(ウクライナ語,ロシア語,ドイツ語,英語,フランス語)で並記(掲載順も同じ)された全183ページの冊子体(縦292ミリ,横214ミリ,束厚12ミリ)である(以下,「趣意書」と略記)。巻末に敷地図一葉(縦355ミリ×横510ミリ)が綴じ込まれている。印刷は活版二色刷(黒色とマゼンタ系色)で全ページが活字による文章だが,アドルフ・ストラホフ(1896-1979年)のアートディレクションにより太罫線やベタ丸といった約物を効果的に使用した構成主義的なデザインが施されている。とくにベタ丸の使用は改行の代用や強調効果を意図したものだが,訳文では省略した。ボールド書体と改行は原則として原本に従い訳文に反映させたが,審査委員名がボールド書体で改行列記される部分ではともに反映させなかった。

ウクライナ劇場国際設計競技趣意書見開きの一例

ウクライナ劇場国際設計競技趣意書見開きの一例

 訳出に際しては原本の英語パートを底本とし,必要に応じて他の各言語パートと照合した。また,日本からの応募者であり入選も果たした建築家川喜田煉七郎(1902-75年)による設計競技開催当時の訳文と,それにもとづいて戦後に発行された雑誌に掲載の訳文(ともに解題中に後述)も参照した。
 なおウクライナ国内の都市名の表記は,外務省報道発表「ウクライナの首都等の呼称の変更」(令和4年4月1日)に従った。また後に名称変更のあった都市名は,できる限り現名称を追記した。
 訳出に先立ち若干の解題を付して,ウクライナ劇場国際設計競技の概要を紹介したうえで本資料の歴史的価値を述べる。

2.解題

ウクライナ劇場国際設計競技の概要

 ウクライナ劇場国際設計競技は,ウクライナ・ソビエト社会主義共和国の首都ハルキウに計画された4,000人収容の劇場設計案を募集するもので,1929年に第一次五カ年計画の一環としてソビエト連邦議会で承認され,1930年12月25日を応募期限として実施されたものである。この時期のウクライナでは、ソビエト連邦共産党によるウクライナ化の政策が推進された。それは,ウクライナ・ルネサンスと呼ばれたナショナリズムの高揚をもたらした。こうした社会状況において,ウクライナ劇場建設計画には,ソビエト権力によるウクライナ民衆の懐柔策という側面もある。
 設計競技は国内指名競技と公開競技の二部門からなり,両部門から最優秀案が選ばれ実施案とされることになっていた。指名競技に10グループが選定され,公開競技には140を超える応募があった。応募者にはヴァルター・グロピウス(1883-1969年),ハンス・ペルツィヒ(1869-1936年),ノーマン・ベル・ゲデス(1893-1958年),マルセル・ブロイヤー(1902-1981年)といった当時において世界的に知名の建築家が含まれていた。日本からは,川喜田煉七郎(1902-75年),創宇社建築会(1923年結成),土橋長俊(1901-1959年),野呂英夫(生没年不詳)と加藤秋(生没年不詳)のチームの4組が応募した。
 審査の結果,1931年5月に指名競技選定のヴェスニン兄弟(レオニード1880-1933年,ヴィクトル1882-1950年,アレクサンドル1883-1959年)案が最優秀案とされた。日本からの応募案では,当時無名の川喜田が前述の著名建築家をおさえて4等入選(1等が3席あったため実質2等)し,日本の建築界で話題になった。
 しかし,劇場計画そのものが実施に移されることなく頓挫した。背景には,ウクライナ化からロシア化へのソビエト共産党の政策転換がある。第一次五カ年計画の無謀な農業政策が引き起こしたホロドモール(1932-33年の大飢饉)のあと,1932年にはアヴァンギャルドの志向とは逆の社会主義リアリズムが国家の公式表現形式に採用された。ウクライナ劇場国際設計競技応募案の傾向はアヴァンギャルド志向だったが,その志向自体が転換後の社会状況から否定されることになった。
 なお,ウクライナ劇場国際設計競技については,以上の内容を含め,日本からの応募案を中心に論じた拙稿がある*1

本資料の歴史的価値

 ウクライナ劇場国際設計競技は,日本近代建築史研究において多くの文献で扱われる。しかしその内実は,弱冠29歳の無名青年川喜田煉七郎が世界的建築家をおさえて入選したことへの短い言及とその応募案の外観写真である。これでは日本人建築家による世界進出の先駆的エピソードを紹介するに留まっていると言わざるをえない。このような研究状況の要因のひとつは,モダニズム建築をも様式史的に捉えがちな歴史叙述傾向において,「趣意書」の内容への注目が不足していたことが指摘できよう。
 とはいえ,本資料の翻訳がこれまでになかったわけではない。その最初は,当の川喜田が当時属していた建築家グループ「新興建築家連盟」の幹事として,仲間に応募を促すために半ば私的に作成配布した翻訳と敷地図の複写だが*2,これは残されていない。その後,川喜田の入選案を掲載した『建築畫報』第22巻6号(1931年6月),同7号(同7月)に趣意書の英文と川喜田による和訳が分割掲載された*3。これは先の配布物のテキストを流用したものと思われるが,訳者による翻訳箇所の取捨選択と省略があり,「趣意書」の全容は把握しきれない。ついで,1959年11月に営繕協会(現公共建築協会)発行の雑誌『公共建築』の「別冊特集国立劇場」に掲載されたものがある*4。これは原本からの訳出ではなく,前述『建築畫報』の訳文にもとづいた旨の表記があるものの,実際には組版が変更され省略も多い。
 本資料は当時約3,000部が発行されたとされるが,もとより書籍ではなく,後年に復刻された形跡もない。WorldCatでは2024年3月現在,大学図書館,公共図書館に計7件の所蔵(アメリカ5館,イギリス1館,ドイツ1館)が確認できる。日本には1930年8月にソビエト大使館を通じて建築学会(現日本建築学会)にもたらされたが*5,現在では失われている。一方,2002年3月にニューヨーク近代美術館で開催の展覧会“The Russian Avant Garde Book 1910-1934”において,ジュディス・ロスチャイルド財団寄贈になる同館所蔵の当資料がアクリルケースに納められて展示された。しかし,それは展覧会タイトルが示すとおりブックデザインの作品としてであり,趣意書の内容に焦点化したものではない。いずれにしても,当資料はWorldCatのオンライン公開が始まる2000年頃までは所在を知ることも容易ではなく,その所蔵状況からして現在においても稀覯資料といえよう。
 ところで先にモダニズム建築をも様式史的に捉えがちな歴史叙述傾向を指摘したが,こうした傾向は,ウクライナ劇場国際設計競技開催の1930年前後に当時のモダニスト建築家が抱いた危惧でもあった。川喜田は入選祝賀会の席で次のように述べている。

 私はこの案を,一個の建築技術者としての立場からやつたにすぎません。我々の手元での建築のコンペチションが殆ど美術的な趣味的なファサードのでつちあげに終り,単なるドラフトマンとしての仕事である事をあきたらなく思つていたやさき,こんどの応募規定を見てやる気になりました。*6


 ここで川喜田が「美術的な趣味的なファサードのでつちあげ」と表現しているのは,当時の日本の設計競技にあった外観意匠の優劣や透視図の巧拙が評価される傾向*7や,「日本趣味を基調とする東洋式」*8などの様式規定を指している。対してウクライナ劇場国際設計競技では,科学的データにもとづいた既存事例にとらわれない新しい劇場の発明的設計が求められている。だから「こんどの応募規定を見てやる気」になったというのである。
 川喜田ひとりに限らず日本における建築のモダニズム研究において,この「趣意書」が当時のモダニスト建築家にあたえたインパクトとその意味の検証は重要な研究テーマだが,そのためには原本にもとづく「趣意書」の全容把握が必須であり,本資料全訳の意義もあると考える。

3.全訳

(表1:表紙)
(表記言語:ウクライナ語,ロシア語,ドイツ語,英語,フランス語)ウクライナ劇場(4,000人収容国立民衆歌劇場計画,ハルキウ)国際設計競技趣意書ソビエト社会主義共和国連邦 ハルキウ行政区実行委員会 ハルキウ議会 建設期成委員会

(表2:表紙見返し)
(空白ページ)

(各国語パート総扉)
万国の労働者よ、団結せよ!

(総扉見返し)
アートディレクション:A.ストラコフ,技術指導:
I.M.ロス,印刷監修:G.ジャーコフ

(各国語パート扉)
 ウクライナ劇場(4,000人収容国立民衆歌劇場計画,ハルキウ)国際設計競技趣意書
ソビエト社会主義共和国連邦 ハルキウ行政区実行委員会 ハルキウ議会 建設期成委員会

(扉見返し)
 印刷:ハルキウ第二活版印刷所労働者

(各国語パート中扉)
民衆歌劇上演のためのハルキウ州立劇場の建設にむけて
 ソビエト・ウクライナの首都ハルキウに,民衆歌劇のための舞台設備を有する国立劇場を建設するというハルキウ共産党と専門組織の決定は,プロレタリア独裁の強化と農村経済の社会主義的再建という社会主義産業の飛躍的向上に密接に関係するもので,ウクライナのプロレタリア国家とその文化的成長にとってきわめて重要である。公共経済の発展における再建期は,同時に,文化的大変革の幕開けの時期でもある。文化部門の基盤建設は,形式において国家的であり内容においてプロレタリア的であるウクライナ文化のさらなる発展のための物質的資産の創造であり,この再建期におけるもっとも重要な課題のひとつである。文化変革と社会主義的競合は,積極的で創造的な仕事を民衆に向けて広く呼びかけ,われわれの公共経済と日常生活の社会主義的再建の進行を加速させる新しい予兆となる。民衆歌劇のための国立オペラ劇場は,民衆に作用する最も強力な装置のひとつとして,この時代の基本的諸問題に向けてその活動を集約するものである。国立オペラ劇場の建設はこうした問題に対応するものであり,その形式,技術,建築様式は,ウクライナのプロレタリア文化の進展という全体理念,国の産業化,すべての公共経済とわれわれのあらゆる文化領域における社会主義的再建を反映すべきである。

(各国語パート中扉見返し)
(空白ページ)

 

(本文)

Ⅰ 主たる計画要件

 この設計競技の目的は,民衆歌劇上演の今日的課題に応えるのみならず,舞台芸術におけるあらゆる最新成果に対応する劇場の最良の建築的形態を見いだすことである。この課題の解決は,ソビエト文化における劇場のイデオロギー的重要性,すなわち劇場のもつ階級的性格の重要性を反映し,同時に,その劇場の建築様式と特徴において,現代ソビエトをはじめ世界の既存の動向を可能な限りふまえたうえで,真に新しくオリジナルなものでなければならない。劇場が大規模であることと,従来の劇場にはなかった一連の要求を満たす必要から,公衆の安全と完全に良好な視界と音響を確保するのに十分な条件が満たされている限り,応募者は従来的な規範や規則を免れることが許される。

 1.この劇場は,ハルキウの中心部にあるコムソモール広場(共産主義青年団広場)に建設される予定である(付録敷地図参照)。

 2.建物の主エントランスはカール・リープクネヒト通り側に配置すること。この広場の将来計画においては,敷地図に示された番号1~7の古い隣接建物は取り壊される予定である。この広場は,広い通路,小路,開放的な広い階段によって町の低地側に接続される。この地区の再開発計画は段階的に進められることになっているため,応募者は,上述した同地区の開発の展望をふまえたうえで,以下の計画見通しに基づいて設計すること。建物の配置に際しては,ラドナルコミフスカ,チェルニシェフスキー,セルデュキフスキーの各通りに接して歩道を確保するために,建物外郭から22m以上後退させるよう留意すること。

 3.この劇場広場には,植栽,花壇,噴水,階段等を設置することを計画の前提にしておくこと。

 4.建物の構造は,応募者の判断に委ねる(鉄筋コンクリート造,あるいは鉄筋コンクリートの構造体にレンガ等を充填する混構造)。大人数の滞留を前提とする場所の床は耐火性と防音性を備えたものとすること。屋根は,夏季の運動や日光浴用として,建物各部を陸屋根としてもよい。

 5.施設は,外部・内部ともに,劇場としての目的に機能的に適合すると同時に,社会主義建設の創造的新時代を反映するものであること(劇場の建設は五カ年計画完遂までに完了する必要がある)。建築の詳細は設計者の裁量に任される。ファサードと内部装飾には自然石と金属を使用してもよい。演説用に照明設備を備えた外部バルコニーを要する。

 6.配置計画ではカール・リープクネヒト通りに主エントランスを設け,他の出入り口は,劇場から退出する群衆が市街全体の交通網に通ずる街路や幹線道路に確実かつ安全に移動できるよう分散配置すること。火災発生時の迅速な消火活動のために,この劇場広場のすべての方向から消防隊が接近できるようにすること。

 7.暖房は,セントラルヒーティングによること。常時使用される室は温水暖房,劇場関連諸室はスチーム暖房,舞台および観客席は温風暖房とし,同時に換気可能とすること。換気は強制換気とする。換気装置室の位置を設計図に示すこと。

 8.建築面積は1階の外壁外周で計算し,各階高は床から建物各部の屋根までの高さを地下部分と地上部分に分けて算出すること。面積計算の統一を図るために,以下のとおり暫定基準値を示す。
 a)最上階を含む4層の壁厚 0.50m
 b)建物下層部の壁厚 0.60m
 c)地下部分の壁厚 0.80m
 d)内部主要部の壁厚 0.40m
 e)中間各階のスラブ厚 0.30m
 f)地下階と陸屋根のスラブ厚 0.40m
 g)内部隔壁厚 0.10m
 注記:ステージ部の体積計算では,壁厚を,プロセニアムの梁より上部までを0.50m,梁下部から奈落上部までを0.60m,奈落を0.80mとする。

Ⅱ 施設のグループ

建物内には以下の諸施設が配置される

オーディトリアム部

グループⅠ

 1.劇場ホール:全体構造において民衆楽劇の特質に完全に対応するものでなくてはならない。すべての観客席は同等に,上演に対して視覚上,聴覚上の良好な条件を備えること。観客席と出入り口の配置は,ホールからの迅速な避難を保証するものであること。ホール内からの安全避難に次いで劇場から屋外に円滑に避難できるよう,劇場内の各避難区画において,避難経路,通行可能人員,非常口の適切な配置などの合理的避難計画を織り込んだ計画とすること。ホール内では,座席から出口までの距離が20m●訳注)以上にならないよう留意すること。公共交通を前提とした計画とすること。メインホールの音響は良好でなければならない(図解あるいは計算データによって証明すること)。照明は電気技術の最新成果を導入し,すべての座席から視界に入る舞台の全範囲を照明できるように配置すること。劇場ホールは4,000人収容とするが,5%の増減が許容される。観客席にひな壇式あるいはバルコニー式を採用する場合は,この趣意書に示された要点をその座席形式に適用すること。観客席の階層数は平土間を除いて3以下でなければならない。メインホールの座席配置の形式(ロシア式,ドイツ式,混合式)選択は応募者の判断に委ねられる。すべての座席について,肘置き間の距離(椅子を分割する距離)は例外なく0.53m,背もたれとの距離は0.90mとする。連続する座席数は,横列退席となるドイツ式では20席を超えてはならず,中間通路に沿って観客を退出させる形式を併用する場合は,中間通路両側の各列を7席までとする。観客席各層において連続する座席は,中間通路を用いない退出とする場合は14席,間仕切りによって左右に分割して両側通路に退出させる場合は各側6席までとする。観客席通路の幅は座席数の減少によって増加することになるが,0.9mを最小とし,70席を目安として1mまで徐々に拡げるものとする。上下移動の通路には,適切な勾配のスロープと階段を併用してもよい。水平移動の通路はスロープのみとする。観客席一層分の天井高は2.5m以上とするが,最上層の観客席の階高は3m以上とすること。バルコニーの突出は望ましい規模に設定してよいが,視界と聴感の妨げとなってはならない。映写スクリーンを舞台奥中央に設置する場合,観客の視線のスクリーンへの水平入射角は,いずれの席からも30°以内とすること。

 2.映写エリア:映画映写装置,映像投映装置,光源ランプ,フィルム巻取機,水銀変圧・整流器,倉庫,シャワー設備を設置し,それぞれ十分な面積を有すること。映写室の出入り口は,観客席側に配置してはならない。

 3.外交官,組織役員用ボックス席:観客席内に各10席のボックス席をそれぞれ2カ所以上配置する。その高さは2.30m以上とすること。

グループⅡ

 1.エントランスホール:ホール内のバルコニー席に通じる廊下や階段において,観客が滞留や逆流することなく,自然で均一な分布となるようにすること。

 2.クローク:観客が座席に至る通路に沿ってクロークを分散配置する。各列1mあたりの取り扱い量は27名分を超えないようにし,衣服受け渡し用のフロントを最大限に確保することが望ましい。クロークへの風の吹き込みを避けること。

 3.廊下:緩勾配としてもよいが,1/20勾配を最大限度する。ひと続きの階段は5段以上とし,踊り場幅は廊下幅以上とする。歩道よりも高い位置にあるオーディトリアムの1階前方観客席とバルコニー席には,それぞれ専用の廊下と階段を設けること。

 4.階段:階段室は完全耐火構造とする。バルコニー席には一層につき2箇所以上の階段を設ける。1階前方観客席と2階バルコニー席を階段で接続してもよい。階段両端の手摺間隔は2mとし,階段幅がそれ以上になる場合は中間に手摺を設けること。踏面寸法は蹴上げ寸法の2倍以上とする。階段室は直接採光とする。湾曲した階段あるいはらせん階段は,劇場関係者専用の場合のみ認められる。

 5.通路,ドア,廊下,階段室:次のデータに基づき算定すること。a)ホール入口扉の開口は幅1mあたりの通過人員90名。b)廊下の開口は幅1mあたりの通過人員80名。c)階段と非常口の開口は,各層において幅1mあたりの通過人員90名。d)廊下の勾配は1/20以下とし,通路の勾配は1/6~1/8の範囲とする。

 6.券売所:中央に集約し,かつ入退場者の動線が錯綜しないように配置すること。券売窓口は,総座席数の40%にあたる入場券販売を想定した場合に1カ所につき400名の入場を処理できるものとする。また,券売所の内部において,劇場管理事務室と守衛室に適切に連絡させること。

 7.管理諸室:次の管理諸室を観客席に近接して配置する。これらは相互に連絡可能とし,総面積は約150㎡とする。a)マネージャー事務室,b)消防士と守衛のための2室,c)機械整備員室(館内換気・照明調整操作),d)自動交換式公衆電話ボックス(10台以内),e)予約窓口用事務室,f)劇場用務員室。なお,これらすべてには,外部道路に容易に避難可能な非常口を設けること。

 8.トイレ:男性用,女性用それぞれを,その混雑が非常時避難の妨げとならないように,すべての主要避難経路から離して配置する。トイレは,100席につき1室の個室便器を備えるものとする。太陽光直射による自然採光が望ましい。

 9.ホワイエ:中央ホワイエはメインホールの観客席に隣接して,小ホワイエは各層ごとに配置する(ホワイエの総面積は1800㎡を基準として10%の増減が可能)。

 10.喫煙室:全観客数の15%を喫煙者数とみなして各階に配置すること(1名あたり0.5㎡を基準とする)。

 11.軽飲食スペース:テーブルとカウンターを備えた軽飲食スペースをすべてのホワイエに備えることとし,総面積は約400㎡とする(ホワイエ面積を含めない)。その付属施設(配膳室,洗い場,貯蔵庫等)には,食器や食品を軽飲食スペースに配送するための機械設備を備える。付属施設には外部との専用出入り口を設けることが望ましい。

 12.展示ホール:演劇に関する展示のために,それぞれ100㎡の2つの展示ホールを,中央ホワイエの近くに設置すること。

 13.エレベーター,エスカレーター:3層間を連絡させる場合にのみ設置するものとし,同時に移動させることのできる人員を30人として計算する。1層分の全観客の輸送にかかる時間は15分以内とする。

オーケストラ部

グループⅢ

 1.オーケストラピット:各楽器の適切な配置を考慮したうえで120名の演奏家を収容できるものとする。オーケストラエリアは,火災の火元となりがちな舞台の近くに位置するため,迅速に直接外部に避難できる2カ所以上の非常口を備えるものとする。火災安全基準を満たしたうえで,オーケストラと舞台との適切な連絡を考慮した計画とすること。

 2.オルガン:パイプオルガンのパイプ部はオーケストラピットとは別に設置され,演奏台,コンソール部はオーケストラピットの中に配置すること。

 3.演奏家用ホワイエ:80㎡を超えないものとする。

 4.演奏家用喫煙室:全演奏家の50%が喫煙することを前提として,20㎡とする。

 5.楽器練習室,調律室:2室合計60㎡を設ける。

 6.楽器保管庫:40㎡。

 7.楽譜保管庫:20㎡。

 8.更衣室:20名収容可能とする(収容数の標準規格に基づいて算定)。

 9.プロンプター・ボックス:舞台との関係において適切な位置に設置し,外部と直通連絡路を設けること。

 10.トイレ,化粧室:男女別ブース(20名につき1個室便器として算定)。

舞台部

グループⅣ

 現代演劇における舞台機構の課題は,最小の時間,労力,手段によって舞台セットを組み上げ,素早い舞台転換によって観客の劇への没入感を妨げることなく最大限の舞台効果を生み出すことにある。その解決には,すべてのシーン構成を完全に集中管理できるように,舞台機構を機械化する必要がある。舞台に対する作業スペースの配置と規模は,劇の進行の全過程に密接に関連し,完璧なパフォーマンスに必要となる便宜を完全に保証するものでなくてはならない。舞台芸術のイデオロギー的要請への対応においては,劇作家の意図に従って,プロセニアムやその他の手段を活用して,演者と観客との一体性創出という課題への解決が求められる。舞台照明に関連しては,防火関連設備(防火カーテン,防火帯,スプリンクラー等)のみならず,効果的な設備の採用,可燃性・発火性素材の排除,舞台計画の新方式導入など,迅速に延焼を防止する策を講じなくてはならない。火災は統計上多くが奈落か舞台上で発生しているため,舞台セットを舞台上には残さず,舞台や関係者諸室から離して配置した確実な耐火構造設備に撤収する必要がある。舞台面積は,同時に多くの演者が登場するいわゆる「マスシーン」に完全に対応したものであること。応募者は,舞台の従来事例にとらわれる必要はない。以下に示す舞台計画関連の標準は,舞台やメインホール等に関わるあくまで技術的適正値を示したものであって,その機械的な採用を応募者に求めるものではない。

 1.主舞台:舞台と付随設備における常勤スタッフ数は500人とするが,さらに多くの関係者が舞台に上がることも想定する。この設計競技趣意書は,舞台の機構,形式,配置について定めるものではない。以下の基準は,舞台の標準的概要を示すためのものである。主舞台の間口は,メインホールの規模と形式に対応する。それはまた,可変的である。主舞台の間口の全長は,道化役(ハーレクイン)が舞台上で動き回る範囲を勘案するならば,通常の正面開口の間口全長の2倍,奥行きは,4分の3となる。舞台床面から簀の子までの高さは,舞台上の装飾やセットを上方に引き揚げて舞台面を完全に空けるために十分確保する。主舞台は,昇降可能なローラー付きユニット床からなり,それは分離可能な回転台に載せることも可能にする。舞台照明は,観客席から完全に隠れるように配置する。すべての昇降装置は機械式で,油圧あるいはウインチによる。通常では演技が行われる舞台面と奈落との間にはデッドスペースが生じるが,本計画においてはこの空間を積極的に活用する。背景幕には,照明投写や映写ができるようにする。舞台と隣接諸室との間には,耐火カーテンおよび耐火扉を設置する。

 2.前舞台:プロセニアムと連携させて最大限に活用する。

 3.奥舞台:構造と規模は,主舞台に応じたものとする。

 4.側舞台:奈落と一体的に使用して多様な演目に対して最大限活用できるようにする。開口と高さは,主舞台に準じる。

 5.奈落:主舞台の奈落には,大型舞台装置やその部品を降ろすことができるようにする。側舞台の奈落も,側舞台での作業に関連した同様の作業を行えるようにする。

 6.大道具保管庫:巻かれた各種の幕や組み立てられた装置を安全に保管するための通常使用の保管庫については,形状,配置,面積は応募者の裁量によるが,上演中の迅速な出し入れが可能で,かつ防火や湿度管理に万善を期すものとする。

 7.小道具保管庫:舞台に近接させて,合計約100㎡の小道具や各種必要物の製作,保管のための工房と保管庫を要する。

 8.衣装室:衣裳部門のマネージャー室を含めて約200㎡。衣裳の種類ごと,あるいは全部の点検のために,主ホールに隣接して配置する。

 9.重要品,貴重品収蔵庫:舞台に関わる重要品,貴重品を安全に保管するための収蔵庫として総面積1,000㎡を,防火壁で区画して劇場内に配置する。その天井高は,室全体の25%を7m,75%を4mとする。これらの収蔵庫は,舞台との良好な連絡を考慮して配置し,機械化された物品搬送機構を備える。舞台装飾品には,堅い素材で作られて立て掛けて用いるもの,布製品,あるいは一体のものや分解可能なものなど,多種多様なものが混在することに留意する。

 10.昇降機:すべての作業エリアは能率的な連絡路によって相互に連結されており,十分な定員と重量物に対応したホイストを備える。

 11.出入口:舞台出入り口は扉間口1mあたりの通過人数70名として計算する。舞台周辺廊下の幅は3m以上とする。馬,自動車,その他用として外部道路から舞台に直通の連絡通路を要する。

 防火基準

 主舞台直近に消火装置を備えた当直消防士待機室を設置し,ここに外部道路への直通出入り口を設ける。予定事項:a)すべての作業階と簀の子において劇場関係者用として2以上の耐火構造非常階段。b)外部道路直通の十分な数の非常梯子と非常通路。

作業場

グループⅤ

 1.舞台美術部門の作業場:二つの背景画を自在に拡げることが可能な面積を有し,主舞台の正面開口範囲を左右両側にさらに2m拡張した幅を有する。天井高は6m以上とする。なお,この作業場は主ホールの上に配置してもよい。総面積185㎡の中に次の諸室を近接配置すること。a)在庫管理目録室(絵の具,キャンバス等),b)収蔵庫,c)キャンバス縫製室,d)舞台美術主任室,e)舞台美術助手室2室,f)大道具・小道具係室2室,g)膠・絵の具調製室。

 2.舞台模型製作室:50㎡。

 3.大道具製作室:一体型/複合型舞台装置の組み立て作業所175~200㎡。天井高は主舞台正面開口高さの1/2以上。大道具製作室は舞台と同一階,または舞台より下階に配置する(一部は地下階でも可)。次の作業場はこれに近接配置する。a)1~2室の収納庫各50㎡,b)背景係室,複数各15㎡。舞台装置や舞台装飾の作業場からの搬送は機械式とする。

 4.縫製室5.衣裳合わせ室6.美容師室7.靴工室8.染色・洗濯室,以上総面積360㎡。

 9.木工部10.大工部11.家具部12.模型部13.布張替え部14.彫刻部,以上総面積375㎡。

 15.電工部(舞台に近接配置)16.配管部錠前部,以上総面積100㎡。

 17.写真室(舞台に近接配置):15㎡。

 18.作業場関係者諸室:a)機械整備係室3室各15㎡,b)当直室/待機室2室各25㎡,c)従業員衣類保管室40~50㎡,d)洗面所/便所(設置基準に基づく)作業場関係者の総数は100人または120人として計算。

 注記:なお,作業場は,労働者権利保護委員会の定めた条件と規範を満たし,舞台装置関連物品の舞台搬入と同様に機械化される。染色/洗濯室は他の諸室とは離して配置する。

劇場関係者諸室

グループⅥ

 1.出演者用玄関ホール:舞台関係者総数の5%が利用するものとして,0.3㎡/人として算定。

 2.外套預かりクローク:舞台関係者全員分を収容するものとし,衣類棚1mにつき27着収容。

 3.警備員詰所:10㎡。

 4.出演者ホワイエ:舞台脇200㎡を充てる。

 5.ブッフェ,バー:食物を温める設備付き。ホワイエ近接の60㎡。

 6.喫煙室:20㎡,各階に配置。

 7.楽屋:俳優,合唱団,バレエ団,ものまね師など,あらゆる種類の劇場労働者が使用。舞台レベルの上下各階に配置。天井高は2.8~3.0mとする。a)個室:10室,各12㎡。各室に洗面所と便所を備える。ソリストが室内で練習できるようにすること。b)2人部屋:7室。各室共通設備,18㎡。c)4~6人部屋:3㎡/人として算定し150人分。d)大部屋:6室,その他の舞台出演者(330名)用として2㎡/人で算定。
 注記:合唱団用楽屋はできる限り舞台の近くに配置する。

 8.集団練習室:2室,各20㎡。

 9.集団練習室:2室,各40㎡。

 10.合唱用リハーサルホール:120名収容のオーディトリアムタイプ。

 11.バレエ用リハーサルホール:250㎡。

 12.監督室:15㎡。

 13.監督助手室:2室,各15㎡。

 14.合唱団指揮者室:15㎡。

 15.バレエ指導者室:15㎡。

 16.オーケストラ指揮者室:15㎡。
 注記:a)アーティストほか出演者の楽屋は外部道路に連絡する階段から20~25m以内に配置する。b)火災時の非常用として外部階段および外部バルコニーを設置する。

 17.屋内体操場:200㎡。男女別浴室,小部屋,更衣室を備える。浴室は2室とし,各浴室にシャワーブース20㎡と更衣室15㎡を備える。

 18.洗面所,洗面台:楽屋グループごとに冷/温水の出る洗面台を備える。同時に出演するアーティストの50%が使用することとして,各洗面所は60名対応とする。

 19.舞台関連サービス室,備品目録室:各階に1~2室配置。総面積30㎡。

 20.無線連絡室:2室計40㎡。1室は舞台に隣接して,もう1室は上演状況のモニター用に設ける。

 21.「赤のコーナー」:50㎡。

 22.図書室:30,000冊収蔵,作品目録室20㎡,貸し出し業務室20㎡,閲覧室50㎡,管理人室12㎡。

管理運営部門

グループⅦ

 1.玄関クローク:25~45㎡。

 2.受付:25㎡。

 3.監督執務室:25㎡。

 4.検閲官室:15㎡。

 5.劇場支配人室:20㎡。

 6.付き人控室:10㎡。

 7.技師事務室:20㎡。

 8.簿記・文書課:50㎡。

 9.運営顧問室:15㎡。

 10.支配人室:15㎡。

 11.地方委員会室:50㎡。

 12.公文書室:15㎡。

 13.劇場建築家・劇場技術者室:20㎡。

 14.劇場美術部長室:40㎡。

 15.出納官室:15㎡。

 16.医務室:10㎡。

 17.病室:20㎡。注記:医務室と病室は,舞台と観客席に近接して配置すること。

 18.トイレ付き洗面所:階高3m。外部に設置する場合は一箇所に集約し,街路への独立出入り口を備え,舞台部と観客席部との良好な連絡を確保すること。

グループⅧ

 1.油圧あるいは電力設備施設。

 2.換気機械室。

 3.ボイラー技師詰所:シャワー,浴室,トイレを含む,総面積20㎡。

 4.錠前技師室:20㎡。

 5.集塵機械室。

 6.ボイラー室(集中暖房区域内に配置)。

Ⅲ 所要図面

 1.配置図,縮尺1/500。増築の可能性を含めて施設全体を示す。

 2.各階平面図:縮尺1/200。中間階を含む。

 3.断面図,縮尺1/200。全体の構造,諸室の寸法,すべての施設の高さ方向の寸法を示すもの。

 4.各立面図,縮尺1/200。

 5.外観透視図の1枚は,カール・リープクネヒト通りとリマルスカ通りに面する側から臨んだもの(図面サイズ幅2m以上)。もう1枚は,チェルニシェフスカ通りとラドナルコミフスカ通りに面する側から臨んだもの(図面サイズは任意)。内観透視図は,玄関ホール,主ホワイエ,観客席(図面サイズは任意)。

 6.計画の妥当性の根拠を示す主要データ。a)建築面積,b)建築容積,c)各施設有効面積に関する根拠を示す説明書。注記:なお,総面積の算定においては,施設グループ個別に面積を算出した後に合計すること。

 7.計画には,各施設の主要寸法,面積,断面図における各室階高,全体計画との関連説明,各区画の面積と容積が確認できる算定式を示すこと。図面の表現手法は作者の自由。ただし,建築物の構造と平面計画が明確に表現されていること。すべての寸法単位はメートル法により,建築各部の容積計算を示す表を付すこと。

Ⅳ 一般規定

 1.趣意書に示されたすべての必要図面(補足説明を含む)は,ハルキウ市議会内建設期成委員会あて1930年12月25日午後5時必着で送付すること。注記:ハルキウ市以外の地域および外国からの応募者は,遅くとも1930年12月25日までに発送し,発送の証明として郵便局受領書と発送した旨の通知を電報で送ること。

 2.応募図面は折り畳んだり丸めたりしないこと。応募案には応募者を表す記号/暗号を記し,その同じ記号/暗号を表書きした封筒に応募者の氏名と住所を記した用紙を封入すること。注記:外国からの応募は,図面を筒に入れて発送してもよい。

 3.設計競技の応募案はハルキウ市庁舎において公開展示される。a)最初の展示は審査前の1931年1月8日から同月10日まで,その後審査委員会はこの公開期間に市民から投票された評価を審査に反映させる。b)次の展示は審査が終了し受賞案が決定した後に行われ,来訪者が設計競技の結果をその審査評とともに知ることになる。c)ハルキウ市での二度目の展示終了後,ソビエト社会主義共和国連邦内の応募案の展覧を望むすべての大規模会場を巡回する予定。

 4.受賞案,入賞案,指名設計競技応募案は,二度目の展示終了後に記号/暗号が表書きされた封筒が開封されて,その応募者が明らかになる。

 5.公募設計競技の応募者のうち入賞者には,次の賞金が授与される。
 1等:10,000ルーブル
 2等:8,000ルーブル
 3等:6,000ルーブル
 4等:5,000ルーブル
 5等:4,000ルーブル
 6等:3,000ルーブル
 7~9等:各2,000ルーブル
 10~12等:各1,500ルーブル
 注記1:外国の入賞者には当該国の為替レートで支払われる。
 注記2:審査委員会は,佳作入選案のなかの優れた案に対して,その相対的順位に関わらず計画の絶対的価値に応じた賞金を与える権限を有する。

 6.応募案が設計競技趣意書のⅢに示された要件をひとつでも満たしていない場合,および期限内に提出されなかった場合は,これを受理しない。指名設計競技の応募案は賞競技には参加しないが,公募設計競技の応募案と同等に審査される。審査委員会はすべての公募入選案と指名案に対して,他の応募案との相対的な質的評価に関する書面による審査評を公表する義務を負う。指名設計競技と公募設計競技をあわせたすべての応募案のうちもっとも優れた案が「ザ・ベスト・オブ・オール・プロジェクツ」に選定される。建設期成委員会は,選外となった応募案でも,独自の選定によって最下位入選の賞金額,あるいは応募者との合意額で買い上げる権利を有する。

 7.入選案,受賞案,指名案は設計競技主催者あるいは発注者の所有に帰する。その他の応募案は最後の展示会終了後1カ月以内に応募者に返却されるが,報道発表の必要がある場合は事前にソビエト社会主義共和国連邦の建築高等教育技術学校に寄贈される。

 8.設計競技の結果は,設計競技開催が発表された同じ報道媒体で公表される。

 9.設計競技主催者は,すべての応募案について単体あるいはそれらを組み合わせて,作品集として出版する権利を有する。

 10.設計競技趣意書に関する問い合わせは,1930年9月10日まで受け付ける。問い合わせ先:ハルキウ地区技術局建設委員会。回答は,質問者とすべての関係機関・関係者に送付され,加えてすべての設計競技趣意書配布先に掲示される。

 11.審査委員およびその候補者は設計競技に参加せず,また設計競技に関する個別の指示や説明に応じることはない。

 12.設計競技趣意書はハルキウほか次の所在地の事務所で入手可能。
 ハルキウ:ハルキウ地方技術局(カール・リープクネヒト通り7),公共経済労働者クラブ建築課,ウクライナ建築家協会
 オデーサ:建設研究所(プーシキンスカヤ通り),オデーサ建築協会
 キーウ:キーウ芸術研究所,キーウ地方技術局
 ドニプロペトロウシク:地方技術局
 モスクワ:モスクワ建築協会(M.A.S.)(エルモラエフスキー通り17),現代建築家協会(S.M.A.)(クロポトキンスキー通り)
 レニングラード(サンクトペテルブルク)レニングラード美術建築家協会(モイカ85),レニングラード学術建築協会
 ティフリス(トビリシ)建設技術委員会(エコソ)
 ロストフ・ナ・ドヌ:建築管理部
 ノヴォシビルスク:建築管理部
 ミンスク:建築管理部
 バクー:建築管理部
 エレバン:建築管理部
 国外:ウクライナと文化的・科学的交流のある国々の関係機関

Ⅴ 審査委員会

 審査委員長:スクリップニチN.A.(学者,ウクライナ人民教育大臣)

 審査副委員長:ネジヴィM.F.(ハルキウ地区執行委員会委員長)

 審査委員:ベラエフS.V.B(レニングラード芸術建築家協会,教授),ボロディンG.M.(ハルキウ市議会議長),ヴェルビツキーA.M.(建築家),ガーマッシュA.A.(ドネプロペトロウシク建設研究所教授,建設者組合技術部門),グラスコフP.P.(州立電気機器工場(GEZ)),ガズゼヴィッツS.(州立オペラ劇場芸術評議会),グルディナD.O.(全ウクライナ芸術労働者組合),ザイツェワP.F.(州立製菓企業合同),ザブロディンD.M.(ハルキウ機関車工場),ザメチェクN.V.(オデーサ芸術研究所教授,オデーサ建築家協会),イズベコフI.(ハルキウ機関車工場),カラコフI.M.(州立オペラ劇場芸術評議会),カルガルスキーS.I.(州立オペラ劇場バレエ部門舞台監督),コシツキーP.O.(作曲家(ハルキウ)),コリンK.J.(州立オペラ劇場芸術評議会),クリチェヴスキーV.G.(キーウ芸術大学教授),レス・クルバス(ベレジル劇場主宰),クロレヴェツキーG.V.(同業者組合地区評議会会長),レフチェンコF.G.(地区建設労働組合),リフシッツB.J.(全ウクライナ同業者組合),ルプチェンコA.P.(ソ連プロレタリア作家連盟),ラトシンスキーB.N.(作曲家,キーウ),マラエフK.V.(地区建設労働組合),ミキテンコV.D.(劇作家,全ウクライナプロレタリア作家同盟(WUSPP)),マンジーV.D.(キーウ州立オペラ劇場バレエ部門主席舞台監督),マスレンコU.P.(ウクライナ国際文化科学交流協会),ムカV.I.(「鎌とハンマー」工場),メラーV.G.(ベレジル劇場主任画家),メジゴルスキーA.V.(建築家,ウクライナ現代建築家協会(OSAU)),ノヴィツキーM.K.(“Visty WUZWK”新聞論説委員),ペトリツキーA.G.(ハルキウ州立オペラ劇場主任画家),ポドベレスキーN.L.(レニングラード芸術建築家協会教授),ラビチェフN.N.(ソビエト人民教育大臣),ラシュマディロフG.(レーニン共産主義青年同盟ウクライナ地区委員会),ラヴィンスキーM.A.(技師,全ウクライナ建設労働組合工学技術部門),ラエフスキーS.E.(キーウ青年芸術家連合),ライコフV.N.(キーウ芸術大学教授),リールスキーI.V.(モスクワ建築家協会教授),サラティコフS.B.(地方技師局主事),サドラーE.F.(教授,メジゴルスキー窯業技術センター長),ステパノフA.M.(技師,地区建設業者連合技術部門),タランF.P.(“Communist”新聞編集人),テレシシェンコM.S.(オデーサ劇場美術講師),ウンゲルンV.A.(地方技術局技師),フューラーV.Y.(地区党委員会文化宣伝局,“Kharkov Proletarian”新聞編集人),フヴォストフA.V.(ハルキウ芸術大学教授),シュリヒターA.G.(科学アカデミー副会長),ヤロフキンF.I.(モスクワ現代建築家協会),ヤノヴィツキーG.A.(建築家,ウクライナ現代建築家協会),アインゴルンA.L.(技師,ハルキウ公共経済クラブ建築部門),ユラ・グナット(イワン・フランコ劇場芸術講師),

 責任事務取扱兼審査委員:リネツキーA.V.(建築家)

 ハルキウ地区執行委員会委員長:M.ネジヴィ

 ハルキウ市議会議長:G.ボロディン

 地方技術師局主事:S.サラティコフ

(付図)
 ハルキウにおける新劇場建設のための敷地面積37,317㎡

(表4:裏表紙)
 問い合わせは,建設委員会(地方技術局事務所:ハルキウ市リープクネヒト通り7)まで。

 

訳注

 原本では五カ国語パートすべてにこの値の単位表記がない。川喜田による訳文(注3)にも単位表記がない。しかし前記川喜田訳にもとづいたという「ウクライナ大衆楽劇劇場の国際競技設計要綱(抄)」(注4)は,その単位を「メートル」としている。編者の判断で補足されたものと思われるが,文脈から妥当と考えられるので本稿でも同様に補足した。

ummy.info

*1:Hiromitsu UMEMIYA “The InternationalCompetition for The State Ukrainian Theater(1930)―Application proposals from Japan”,“DOCOMOMO Journal”No.67(2022), DOCOMOMO International, pp.48-54. https://doi.org/10.52200/docomomo.67.05

*2:川喜田煉七郎「ロシア〈ウクライナ劇場〉の国際懸賞設計競技について」『国際建築』第6巻第9号(1930年9月)p.36

*3:「在ハルキウ,ウクライナ州立大衆楽劇,四千人劇場計画の国際競技設計に関する趣意書」『建築畫報』第22巻6号(1931年6月)pp.21-27,同前第22巻7号(1931年7月)pp.32-33

*4:「ウクライナ大衆楽劇劇場の国際競技設計要綱(抄)」『公共建築』第2巻別冊(1959年11月)pp.133-136

*5:『建築雑誌』第536号(1930年8月)pp.111-113

*6:川喜田「ウクライナ劇場の応募案について」『建築畫報』第22巻6号(1931年6月)p.4

*7:近江栄『建築設計競技―コンペティションの系譜と展望』1986年,鹿島出版会,p.71

*8:ウクライナ劇場国際設計競技と同時期に開催された東京帝室博物館(現東京国立博物館)の「建築設計図案懸賞募集規定」には「第五 様式,意匠ニ関スル事項」として「建築様式ハ内容ト調和ヲ保ツ必要アルヲ以テ日本趣味ヲ基調トスル東洋式トスルコト」とある。『建築雑誌』第540号(1930年12月)p.149