所収:『日本建築学会大会学術講演梗概集(中国)F』 pp.423-424
発行日:1999年9月
YSY商標とSSS商標の鋼管椅子について
正会員 梅宮弘光
はじめに
本稿では,1930年代に量産された国産鋼管椅子の歴史的研究の端緒として,日本金属加工株式会社の「YSY」商標と,東京建材工業所の「SSS」商標の鋼管家具カタログ掲載の鋼管椅子を概観する【表】。
代表的な鋼管椅子として,マルト・スタム,マルセル・ブロイヤー,ミース・ファン・デァ・ローエらが1920年代中葉に設計したものが知られる。ヨーロッパの動向は日本にも伝えられ*1,やがて日本人建築家や製造業者によって国産品がつくられた。それらは,1930年代の新興建築家が設計した住宅に多く見られる。
日本の国産鋼管椅子に対する歴史研究的な言及としては,管見の限り,西澤泰彦博士,井筒明夫氏,オタカー・マーチェル博士によるものがある*2。しかし,まとまった品種の量産鋼管椅子について具体的にはふれられていない。そこでここでは,上記カタログ掲載製品すべてについて,オリジナル・モデルとの対照を中心に検討する。各商標には掲載以外にも製品があったと想像されるが,現時点では十分な手がかりがない。今後の課題としたい。

YSY商標とその鋼管椅子
『国際建築』の記事「YSY鋼管家具の製作」*3で日本金属加工株式会社(本社大阪)社長の湯浅譲が述べるところによれば,YSY商標の鋼管椅子が製品化される経緯は次のようである。湯浅は日本金属加工株式会社の前身である湯浅伸銅株式会社から銅や真鍮パイプの新用途調査の命を受け,1920年にヨーロッパに渡る。ドイツで真鍮パイプでつくられた家具を知り,工場を見学し「種々材料を集」め1923年に帰国する。翌1924年から「日本で初」めて鋼管家具の製造を始める。その後,滞欧中に知り合っていた吉田享二(早稲田大学教授,材料工学)の技術指導のもと*4,「昭和三年(一九二八年)の春」に鋼管家具を製作する。これが日本で製作された鋼管家具の「初めて」だという。
1924年から製作したものと,1928年から製作したものとの違いはよくわからない。マルト・スタムがガス管の直管と直角継手を組み合わせて片持ち梁構造の鋼管椅子の原型を制作するのが1926年とされるから,あるいはこの片持ち梁構造の採否に違いがあるのかもしれない。ともあれ,その後日本金属加工株式会社となって製造販売する金属家具の品揃えには片持ち梁構造のものが含まれており,1928年以降のモデルに基づいていると考えられよう。
本稿で資料とするカタログは,ほぼ菊判,墨色一色刷り,全38ページの冊子体である。発行年の標記はないが,表紙の絵柄にトーネット社の1930~31年モデルを収録したカタログの製品写真に共通点があることから,1931年以降と考えられよう。トーネット社の同カタログの製品写真のいくつかには,背景の床や壁に落ちた製品の影を本体とともに撮し込む演出が用いられているが,同様の手法がYSYカタログ表紙の絵にもみられるからである【写真-1】【写真-2】。


掲載されている製品で,写真と製品番号がそろっているものは全部で112点。そのうち,椅子(chair)は68点。それ以外は,机,寝台,書棚,キャビネット,ワゴンなどである。椅子のうち,チェア(chair)が55点,腰掛け(stool)が11点,寝椅子(chaise longue)が2点である。片持ち梁構造をもつものは,全68点のうち34点,チェア55点のうちでは33点である。
椅子全68点のうち,オリジナル・モデルが明確なものが35点,細部は異なるがほぼ同じ構成をもつモデルが指摘できるものが8点ある。これらのうち,オリジナル・モデルの31点がトーネット社,3点がデスタ社の製品で,YSY商標の製品の形状がトーネット社に多く倣っていることがわかる。両社の間に何らかの提携や契約があったかどうかについてはわからない。カタログには「当社独得の意匠,設計により」と記されている。
SSS商標とその鋼管椅子
SSS商標は東京建材工業所のものである。『スチール家具産業史』*5によれば,同社は1924年創立で,鋼鉄家具,ベニシアン・ブラインドを製作していた。1939年に東京建材株式会社となる。当時「鋼鉄家具」という場合は,おもに薄鋼板をもちいたキャビネットや積層書架を指す。
ここで資料とするカタログは528×384ミリ大の両面印刷一枚ものを八つ折りにしたほぼ四六判で,片面に鋼管家具,他面に鋼鉄家具が紹介されている【写真-3】。発行年の記載はないが,カタログ中に掲載された「特許SSS式鎧型通風日除」の品質を証する賞状写真にある日付のうちもっとも新しいものが「昭和七年五月」であることから,1932年から社名変更のあった1939年の間に発行されたと考えてよいだろう。

カタログによれば,同社は1924年よりドイツ製の「鋼管湾曲機」を導入して鋼管家具を製作し始めたとあり,創立当初より鋼管家具を製作していたことになる。それらがどのようなものだったかは,手がかりがない。
カタログには全32点の鋼管家具が掲載されている。そのうち鋼管椅子は16点,内訳は,折りたたみ椅子3点,チェア8点,寝椅子1点,腰掛け1点,ソファーベッド2点,連続椅子1点である。片持ち梁構造をもつものは7点である。オリジナル・モデルが明確なものが6点で,この商標の場合もそのほとんどがトーネット社に倣っている。
まとめ
カタログによると,鋼管椅子の製造開始はYSY,SSSの両商標とも1924年である。この時期は,マルト・スタムが片持ち梁構造の鋼管椅子を試作した時期より早い。それ以前にもドイツやフランスには鋼管を用いた椅子はあったとはいえ,初期の国産鋼管椅子がどのような形状であったのかは興味深い。しかし現時点では不明である。1930年代の製品については片持ち梁構造の形状をもつトーネット社などのモデルに倣ったものが多い。
謝辞:川畑直道氏に貴重な資料の提供と有益な助言を賜った。記して謝意を表します。*1:日本に実物が紹介された鋼管椅子の最初期のものとして1928年5月に東京で開催された「フランス装飾美術展覧会」におけるルイ・ソオニョ作の椅子をあげる複数の文献がある。川喜田煉七郎「佛展のアンサンブルにて」『建築畫報』第19巻第7号(1928年7月),松本政雄「金属家具の発達及其の形態」『国際建築』第8巻第3号(1932年3月)。なお,前掲『建築畫報』にはソオニョ作の鋼管椅子写真とともに,ヴァイゼンホーフ・ジードルンクのモデル・ルームに置かれた鋼管椅子の写真も掲載されている。
*2:西澤泰彦「建築家土浦亀城と昭和初期モダニズム」『SD』第286号(1988年7月),同「特集:再考建築家土浦亀城」『SD』第382号(1996年7月)。井筒明夫「バウハウスと日本」『バウハウスとノールデザイン』鹿島出版会,1992年。Otakar Macel 'From mass production to design classic;Mies van der Rohe's metal furniture' "Mies van der Rohe; Architecture and Design in Stuttgart, Barcelona, Brno" Vitra Design Museum, 1998。
*3:前掲『国際建築』
*4:吉田享二先生追想録刊行会(編)『吉田享二先生追想録』1954年には,鋼管椅子に関する記述はない。
*5:八木朝久(編著),株式会社近代家具,1976年。