著作リスト/梅宮弘光

日本における建築のモダニズム

日本近代建築大全 西日本篇

米山勇(編)『日本近代建築大全 西日本篇』講談社,発行日:2010年7月

失われた名建築《近畿編》 p.170

 過去を語り継ぐべき建物が失われると,街の歴史を感じることは難しい。いつも最新状態というのも悪くないのかもしれないが,履歴まで消し去られると,むしろ不安のほうが大きくなる。かといって,この地上に過去のすべてを保存することは不可能だから,せめて一部を忘れ形見にと考える。しかし,何をどんなふうにというのが難しい。ここでは,その困難と腐心のなかで失われていった建物を,京都と神戸に訪ねてみたい。

京都「四条烏丸」角地の銀行建築

 近世の京における三条通は,交通の要衝であり,繊維問屋の集まるビジネスセンターだった。明治に入ると,そこに郵便,電信・電話,新聞といった近代的メディア機関が登場,次いで後半には京都商工銀行をはじめ銀行や保険会社がこの通りに店舗を構えた。こうした繁栄が大正期に入って飽和状態を迎えると,賑わいは南下していく。大正半ば以降,金融街の様相を呈することになったのは南北通りの鳥丸通(からすまどおり)だった。

 この変遷を象徴的に示すのが四条通との交差点「四条鳥丸」の角地を占めた銀行建築である。北東角に三井銀行(大正3,鈴木禎次),南東角の東京三菱銀行(大正14,桜井小太郎),北西角に三和銀行(のちに三菱東京UFJ銀行,昭和27)が位置していた。いずれも角地を意識して,交差点に面した隅部に列柱を用いて意匠上の焦点とする。そのことが,平安京以来の大路である四条と明治期になって今朱雀(いますざく)とよばれた烏丸の交差点に象徴的な意味を与えていた。

 三井銀行は昭和59年(1984)に,東京三菱銀行は平成17年(2005)に取り壊された。旧三和銀行は平成21年に取り壊され更地となっている。前二者はともに,隅部の外壁の一部を保存して,新築建物に埋め込むように,あるいは張り付けるように加えて歴史の継承だとしているが,そこからかつての四条鳥丸が備えていた空間的な意味を読み取ることは困難といわざるを得ないだろう。

神戸「栄町通」の近代建築

 神戸市中央区,JRの駅でいえば元町と神戸の問の東西約1kmが「栄町通」である。明治元年(1868)の開港時には幅約4~5mの西国街道しかなかったところに,海岸通に次いで新設された幅約15mの道路。その範囲はこの頃の神戸港の範囲をカバーし,港町・神戸の永遠の繁栄を願って命名された。

 殖産興業政策と貿易金融の隆盛を背景に,明治10年代から大正期にかけてここには銀行,両替所,株式取引所が集まり,金融街が形成された。信用第一のこの業界において,それは重厚壮麗な店舗で象徴させるのが通例だった。だからといって他店と似たり寄ったりでは面目が立たない。かくして,この通りには建設時期に応じてそれぞれに趣向を凝らした建物が並び,壮観を星するに至った。
 なかでも筆頭にあげるべきは第一勧業銀行神戸支店(旧三井銀行神戸支店,大正5)である。辰野金吾のもとで日銀本店の設計に携わり,銀行建築の名手と謳われた長野宇平治の設計。岡山県北木島産の花崗岩を1本丸ごと刻み出したイオニア式の柱が6本並ぶ堂々たる古典主義建築であった。ついで,旧第一銀行神戸支店(現・市営地下鉄「みなと元町駅」の外壁として保存,明治41)。辰野葛西事務所の設計で,赤煉瓦の外壁の要所を自御影石で飾る手法は辰野式フリー・クラシックと呼ばれるもの。ほかにも,2~4階を貫くジャイアント・オーダーが特徴的な旧村井銀行神戸支店(大正9,吉武長一),旧三和銀行神戸支店(大正12,河合浩蔵),旧東京火災保険神戸支店(昭和8,渡辺仁)などがある。
 阪神・淡路大震災(平成7年1月17日)が,これらの建物に与えた打撃は壊滅的だった。ほとんどが全壊,撤去も早かった。一瞬にして街が消えたという印象である。折しも業界は再編と支店統廃合の季節。この街が金融街として再びよみがえることはなかった。現在,その跡地には高層マンションが建ち並び,往時の面影はない。

写真
[東京三菱銀行京都支店]
大正14年,設計:桜井小太郎。鉄筋コンクリート造3階建て。花崗岩張りの壁にイオニア式片蓋柱の列。装飾性を減じながら威厳を表現している。

[旧第一勧業銀行神戸支店]
大正5年,設計:長野宇平治。三井銀行として建設され,戦後第一勧業銀行に。堂々たる列柱は栄町通りでもひときわ威容を誇っていた。

[旧村井銀行神戸支店]
大正9年,設計:吉武長一。アメリカン・ルネサンス様式。設計者はアメリカで建築を学び,京都のたばこ王・村井家の仕事を多く手がけた。

[旧三和銀行神戸支店]
大正12年,設計:河合浩蔵。当初は山口銀行神戸支店。1階と入口回りのみ粗石積みで,あとはいたって素っ気ない点が栄町通では異色だった。

[旧第一銀行神戸支店]
明治41年,設計:辰野金吾。空襲で失われた隅部の屋根は戦後もついに復元されず。外壁のみになった今,鉄骨で輪郭のみがかたどられている。

個別物件解説 pp.140-169

旧ハンター住宅 pp.140-141
旧トーマス邸「風見鶏の館」 pp.142-143
旧ハリヤー邸「うろこの家」 p.144
神戸市文書館(旧南蛮美術館) p.144
神戸市回教寺院「神戸ムスリムモスク」 p.145
小林家住宅「萠黄の館」(旧シャープ邸) p.145
旧ハッサム住宅 p.146
旧小寺家厩舎 p.146
兵庫県公館 迎賓館・県政資料館(兵庫県旧本庁舎) p.147
商船三井ビルディング(旧大阪商船神戸支店) p.147
カフェ ド 神戸旧居留地十五番館(旧アメリカ領事館) p.148
神戸郵船ビル(旧日本郵船神戸支店) p.148
ファミリアホール(旧三菱銀行神戸支店) p.149
海岸ビル(旧三井物産神戸支店) p.150
神港ビルヂング p.151
海岸ビルヂング(旧日濠会館) p.151
孫文記念館(旧呉錦堂別邸「移情閣」) p.152
舞子ホテル(旧日下部久太郎邸) p.152
美味伝承甲南漬資料館(旧高嶋平介邸) p.153
御影公会堂 p.153
望淡閣(旧ジェームス邸) p.153
ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅) pp.154-157
滴水美術館(旧山口吉郎兵衛住宅) p.158
芦屋市立図書館打出分室(旧松山家住宅「松濤館」) p.158
芦屋仏教会館 p.158
松山大学西宮温山記念会館(旧新田長次郎邸) p.159
武庫川女子大学甲子園会館(旧甲子園ホテル) pp.161-163
神戸女学院諸施設 pp.164-165
関西学院大学 時計台ほか p.166
西宮砲台 p.157
大正ロマン館(旧篠山町役場庁舎) p.168
柏原町立大手会館(旧氷上郡各町村組合立高等小学校) p.168
旧国鉄福知山鉄道管理局 豊岡機関区和田山支区車両庫 p.169
姫路市立美術館(旧陸軍第十師団兵器庫) p.169