著作リスト/梅宮弘光

日本における建築のモダニズム

三重県朝日町における坂本鹿名夫の設計になる円形建築について

所収:『日本建築学会大会学術講演梗概集(東北 )2019年』 pp.671-672
発行日:2019年8月


三重郡朝日町における坂本鹿名夫の設計になる円形建築について
正会員 梅宮弘光

キーワード:円形校舎  戦後建築 近代建築 モダニズム 機能主義 学校建築

はじめに

 本稿は坂本鹿名夫(1911-87年)が三重県三重郡朝日町(あさひちょう)において1960年代に相次いで設計し竣工した4件の公共建築を紹介し,円形校舎を含む坂本の円形建築が一定の普及をみた背景の一端について,戦後の地方自治体発展との関連で若干の考察を加えるものである。
 その4件とは,朝日小学校(1962年,現存)【写真1】,朝日町役場庁舎(1964年,現存)【写真2】,南保育所(1968年,現存するが保育所としては使われていない)【写真3】,北保育所(同年,現存しない)【写真4】である。このうち朝日小学校は円形校舎の事例として知られており1) ,2013年に登録文化財に指定されている。町役場庁舎は円形建築ではないが,実施されなかったものの,当初は隣地に円形公民館・公会堂が構想されていた。南と北の両保育所は,共通して円形遊戯室の周囲に扇形平面の保育室を配するもので,円形校舎の類型とすることができる。

朝日小学校(朝日町柿750)

 朝日小学校の歴史は,1902年の朝日村立朝日尋常小学校までさかのぼる。その翌年,現在の役場庁舎の位置(朝日町大字小向893)に木造平屋建て校舎が建設された。その後,校地拡張,木造講堂等の増築がなされた。
 町では,この老朽化校舎の建て替えを1960年度より3ヵ年計画で行うこととし,議会,教育委員会,PTAが各立場から近隣自治体(名古屋市,一宮市,伊賀市,清須市)の事例を視察,並行して建設委員会を設置し,「町長提出の原案」に基づき検討を重ねたという2) 。同年5月4日に「設計依頼予定者の東京"建築綜合計画研究所長"坂本鹿名夫氏」を招いて聴聞を行い,同月12日の町議会において坂本に設計監理を委嘱することが決定された3)。その後再度坂本を招いて意見を聴き,6月2日に建設委員会として基本計画を決定した 4)。
 基本計画は,まず1期工事として旧校舎南東の空地にRC造2階建で矩形平面片廊下式校舎(各階7計14教室)を建設して教室を移し,2期工事で旧校舎を取り壊した跡地にRC造4階建の円形校舎を,次いでその西側にRC造矩形校舎を建設するというものであった。
 1962年4月に清水建設名古屋支店の施工で竣工5) した円形校舎は,平面直径25メートルで2,3階には外周に幅1メートルのベランダを廻らせ,中央を螺旋階段なしのホールとして最上階を講堂兼体育館とするものだった。円形校舎の典型2タイプのうちのひとつである。
 1階には,職員室,校長室,会議室,衛生室,放送室等の管理機能を集約,2階に図書室,理科室,調理室,3階には音楽室,図工室,作法室(畳敷き)などの特別教室を配置する。外観では,RC造のベランダ手摺,4階ステージの背面外壁をRC壁にポツ窓とすること,屋上出入り口部に三角形の袖壁を突出させるなど,1960年代の坂本の円形校舎に共通する意匠をもつ。
 なお,円形校舎完成後に建設が予定されていた矩形校舎は1969年5月に竣工6)したようで,これも坂本の設計になると思われる7)。これら2棟の矩形校舎は建て替えに伴い取り壊されており,現存する坂本設計の校舎は円形棟のみである。

朝日町役場庁舎(朝日町大字小向893)

 朝日町では町制施行10周年(1964年)を機に,朝日小学校の旧校地を敷地として新庁舎を建設することにした。その設計者は,坂本鹿名夫建築研究所である8)。1964年3月着工,同年10月に竣工した9)。
 庁舎は矩形平面をもつRC造2階建てで,1階に事務室,町長室,食堂などの行政機能,2階に議場,議員室,各種委員会室などの議会機能が配されている。立面において,2階外壁の端部の縁取り,議員室のベイウィンドウ,シンボリックに扱われた給水塔(現在は撤去)などの意匠に特徴がある。
 注目すべきは,当初図面10) に,庁舎東側に隣接して円形建築の概形が単線で描き加えられていることである。それは,半径約10メートルの正円と半径約20メートルの扇形を組み合わせたもので,「公民館」と「公会堂」とされている。当時の新聞報道では,庁舎完成後に「公民館」と「図書館」が建設予定とも報じられている11)。
 これに先立つ坂本の円形建築の設計実績には,国会図書館コンペ応募案(1954年,佳作),矩形平面の市庁舎に隣接して円形平面の市民ホールが建つ八尾市の例(1957年),小金井市公会堂(1961年),円形校舎の最上階を図書館とした淑徳大学1号館(1964年)があるので,坂本の図面に描き加えられた概形のみの円形建築は,こうした先例にも通じる構想であった可能性がある。
 なお,この円形の公民館,公会堂あるいは図書館なるものが実施された形跡はなく,その位置には現在,矩形庁舎が増築されている。

南保育所(朝日町大字柿1067:当時),
北保育所(朝日町小向696:当時)

 朝日町では1952年に東芝青年学校校舎を転用した「あさひ保育園」の設置が認可され,同年木造園舎が新築されていた12)。坂本鹿名夫建築研究所が設計した南と北の保育所2施設は,これを更新するものであった。ふたつの保育所の新築は,昭和43年度国民年金特別融資対象事業として申請・認可されたもので,同時にほぼ同内容で設計され,同年8月に完成した13)。
 両施設はともにRC造平屋建て,平面は直径約10メートルの「中央ホール」を遊戯室とし,これに面して2,3,4歳児用の扇型平面の3保育室を配する。それらの外周を全面開口とし,幅約2メートルのテラスを介して園庭に連続させる。断面においては,中央ホールの天井中央部を周囲より高くし,その側面をハイサイドライトとしている。これらの特徴は基本的に円形校舎と同類であることから,両保育所の平面は正円ではないものの,これらの園舎も,円形校舎の系譜に含めることができる。坂本設計の類似の事例には,わらび幼稚園(1962年),習志野市立谷津保育所(1968年)がある。
 南北2つの保育所が,同時にしかもほぼ同内容・同形式で建設された背景を,町長太田清の名による「本事業施行理由」(1968年12月7日付)14)から読み取ると,次のようである。1)人口6462人の当町に従業員数約3900人の東芝三重工場に加え関連工場も多数あることから夫婦共稼世帯がとくに多く,児童福祉法に基づいて措置を要する児童も多い。2)当年度より新たに東芝三重工場の増設,日立金属工場の新設が始まり,児童の増加が見込まれる。3)町内5箇所に住宅団地が完成,住宅建設も始まり今後人口増加の見込み。4)しかし,既存保育所は伊勢湾台風(1959年)で大被害を受け,修理を重ねながら使用してきたものの危険度が増し限界。5)規模を拡張して建て替えるには現敷地では面積不足。6)新しい設置場所をめぐって,町内南北両地区からの要望は,寄付申し出も絡み誘致競争の様相を呈し,両地区間の感情的対立を招いている現状。7)南北帯状に伸びる当町市街地の地理的条件において,こうした問題を解決し,かつ通園の便宜・安全を勘案するならば,保育所は町内2ヵ所に分置することが望ましい。

おわりに

 1954年の町制実施後,朝日町では初代町長安達誠三,のもとで公共施設の整備が進められ,第2代町長太田清に引き継がれた。その端緒が朝日小学校新築であった。その際,東海地方に甚大な被害をもたらした台風13号(1953年),伊勢湾台風(1959年)の経験が,RC造建築を要請したであろうことは想像に難くない。
 同校の設計を坂本鹿名夫が担当するに至った事情については手掛かりがないが,前述したようなこの事業の経緯において,1960年度4月に開始された当年度事業が「町長提出の原案」の検討に始まり,5月4日の坂本への聴聞を経て早くも同月12日,坂本に設計委嘱が行われていることからすれば,当初の町長原案の段階で,なんらかのかたちで坂本の円形校舎が念頭に置かれていた可能性が考えられる。結果としては,これを機縁として,朝日町には坂本による複数の円形建築が継起的に計画・実施されることになったのである。
 同じ自治体で,坂本が校舎等の円形建築を含む複数の公共的施設を設計した事例に,鳥羽市15)(鳥羽中学校,市庁舎,観光センター,金刀比羅宮鳥羽分社,鳥羽水族館),八尾市(市庁舎,市民ホール),旧江刺市(梁川小学校,市庁舎,公会堂,農協事務所),室蘭市(絵鞆小学校,室蘭病院伝染病棟),小浜市(小浜小学校,市立図書館,市立病院,国民休暇村)などがある。坂本の円形校舎普及は,校舎のみならず,こうした戦後地方自治体の公共施設整備という文脈において検討する必要があるが,朝日町の事例はその一端を示すものといえる。


謝辞
 本稿の作成にあたり,次の方々にお世話になりました。野﨑正也氏(元朝日町町史編纂室),浅川充弘氏(朝日町町史編纂室),荻田直樹氏(朝日小学校),松嶋晢奘氏(坂本事務所旧所員),菊地伸氏(わらび幼稚園),比留間氏(習志野市立図書館),習志野市広報課,松田宏介氏(室蘭市教育委員会),室蘭市立図書館,桜井昭男氏(淑徳大学アーカイブズ),古宇田亮修氏(長谷川仏教文化研究所),浅倉哲子氏(奥州市立江刺図書館),小浜市教育委員会。記して謝意を表します。


注:
1)朝日町公式HP,前村記念博物館ブログ「円形校舎」,山﨑鯛介,小林正泰,立花美緒『日本の美しい小学校』エクスナレッジ,2016年
2)『広報あさひ』第5号,1960年7月10日
3)同前
4)注2)に同じ
5)竣工パンフレット「朝日町立朝日小学校」の記載による
6)朝日町公式HP「朝日町年表」
7)「経歴書 坂本鹿名夫建築研究所」
8)図面(同町史編纂室所蔵)スタンプによる
9)『中日新聞』1964年2月15日付,同10月8日付
10)注8)に同じ
11)『中日新聞』1964年2月15日付
12)「保育所設置認可関係書類綴 朝日町役場」(同町町史編纂室所蔵)
3) 「昭和43年度国民年金特別融資対象事業の着工について(届出)」(同町町史編纂室所蔵)
14)「昭和四十三年新保育所建設に関する綴」(同町町史編纂室所蔵)
15)拙稿「鳥羽市における坂本鹿名夫の作品」日本建築学会大会学術講演梗概集(北海道),2004年8月